↓トゲトゲで「食うな!」とばかりに、太陽を浴びて、ひん曲がっている、ププランタ−育ちのトゲトゲのツッパリ・キュウリ。
●生ビ−ルのおつまみに、「もろきゅう」(キュウリに、赤いもろみそをつける)として食べるには、←この小さいトゲトゲのツッパリの方がうまそうだ。
●ウエスト(?)で、くびれた腰つき(?)が、悩ましい、キュウリもある。↓
●一番下の、白い丸のように丸まっているのが、かつての花の名残り(なごり)。→
●「青春のしっぽ」のように、花の名残りを長めに残し、角(かど)ばって、直角に曲がってのびるつもり(?)のキュウリ↓も、ある。
●家庭菜園で、見せてもらうキュウリは、どれも右や左に曲がって、野菜売り場で見るような、「まっすぐで、トゲのない、きゅうり」は、…ほとんど、ない。
●みんな……ヘン。
…でも、それが自然。
●太陽の光を、「今の自分の場所」で、十分にうけるには、一番、効率のよい形をとるのが、「いのちの自然」だから。
●自分の人生(?)……「キュウリ生(?)」をまっとうせずに、食われるのは、イヤ! という形――になるのも……自然。
たとえ、プランタ−育ちでも、キュウリ自身は、「ひとに食べられるために、生まれてきた」つもりはないだろうから…
★――なぜか、いつもと、文体が変わっております……。
けれども、今までの部分は、ああいう『BIG ME』の本のような歯切れのいい文体が、自然……と感じるので、そのままにします。
●「文は人なり(ぶんは ひとなり)」という教えからいうと、文体が変わるのは、人格変容……と、いわれるのでしょうか? まぁいいでしょう。
●今、八百屋さんや、ス−パ−で売っているキュウリは、太く、ほとんどが、まっすぐで、いぼ(?)のようなつぶつぶはあっても、チクリと痛いトゲは、ほとんどありません。
キュウリの色も、黄緑や緑というよりも、
濃い緑で、皮も厚く、カボチャの皮に似ています。
●今、そういうキュウリのほとんどは、
かつて、カボチャとかけ合わせて
「品種改良」されたキュウリといわれています。
ハイブリッド・キュウリ…?
ハイブリッド=動−植物の雑種。例:ハイブリッド米。
ちがう方式をひとつの形に、うまく組みこむこと。
= ちがう要素の複合や混成をいう。
●親の半分は、丸くて、トゲがなく、大きな、カボチャ
――だから、まっすぐに下へのび、曲がらない。
トゲもなく、太い。それが、今のあたり前の市販のキュウリです。
サラダに、スライスして入れるには、大きくて、お得です。
● ――そう。わたし達、野菜を買う人たち(消費者)の好みにしたがわないと、キュウリは売れないので、こういう今の形になったそうです。
●まっすぐ(=素直)で、
とげがなく(=いうことをきく、よい子)、
太い(=肥満型)キュウリ――が、好まれる。売れる。
その結果
――そういう規格品(きかくひん)として……育てられる………。
どこか、ひとときゅうりが、ダブル・イメ−ジで見えてきました…
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