2002年10月3日(木)  太鼓は、腰で打つ。腹に響く、井草八幡の大太鼓。
井草八幡(いぐさはちまん)神社の「大太鼓(おおだいこ)」は、直径が150cmくらいあり、野球のバットのようなバチ(撥)で太鼓をたたくのは、そうとうの修練が必要です。
  その練習風景を、偶然、見たことがあります。それで、「本番」の祭りが見たくて、きのう、出かけたわけです。井草八幡 大太鼓と神輿

去年の秋、たまたま森林浴(しんりんよく)をかねて参詣(さんけい)した、 井草八幡神社で、だいの大人の男達が、かわるがわる順番に、一所懸命に「大太鼓打ち(おおだいこうち)」の練習をしているのを見て、感心しました。


大きな木をくりぬき、牛の一枚皮(いちまいがわ)をはった、大太鼓。
 倉からだされた、「新しい平成12年作の大太鼓」と神輿(みこし)が、台風の去った秋空に、輝いていました。大太鼓には「バチの痕跡」は残っていません。

大正時代からの大太鼓 ←大正時代からの大太鼓

 「大正時代からの太鼓」は、長年、皮を叩いた茶色の痕跡(こんせき)が残り、破れそうになってガラスの向こうに飾ってありました。

  
今、祭りで叩いている大太鼓は、新品なので、まだ皮は固そうで、よい音色(ねいろ)を響かせるには、腰を決めて、「井草八幡スタイル(?)」で、構えて、全身で振り切らないと、うまくいかないようです。大太鼓と構え

面白いのは、若くて力がありそうでも、太鼓の音はうまく鳴らないことです。
50代、60代でも、構えが決まっているひとは、腹に響く、いい音をだします。→

野球スタイルや、武道スタイルなど、各部門の力自慢(ちからじまん)らしい猛者(もさ)達が挑戦しても、太鼓との喧嘩(けんか)や殴り合い(なぐりあい)ではないので、太鼓はいい音色をだしてくれません。
 肩に力が入っていない、孫のいるような年配の男性が、腰を決めて、聞き惚れる音色で叩き続けます。

太鼓 構え
 ●
太鼓は、腰で打つ。
腰のスワジスタ−ナ・チャクラ丹田(たんでん)がポイントです。
丹田力をきたえる、沖ヨガの道場では、直径50cmくらいの太鼓を打つことで、富士山の見える道場での生活の「時間の区切り」にしていました。太鼓 構え
むかしの江戸城などでも、そうだったようです。


 ※→丹田や沖ヨガ道場のことは、『こんにちわ私のヨガ


太鼓の音は、腹のマニプラ・チャクラに響きます。
太鼓の音を聞いていると、「腹がすわって」きます。
腹は、「内臓すなわちガッツ」のあるところなので、「ガッツ=根性(こんじょう)」も、でてきます。
 「最近、粘りがないな〜」と感じたら、和太鼓の響きを聞くのもいいかもしれません。

とはいえ、ゲ−ムセンタ−で、今、人気の「2人で和太鼓を叩くゲ−ム」は、すこし、ハイ・ト−ンで、リズムが早すぎて、根性やガッツには、つながるかどうか……
 「ドラエモン音頭」とかにあわせても、いかがなものか…… 
あれは、盆踊り(ぼんおどり)の太鼓のノリのようです。

大太鼓のそばでずっとしゃがんで、全身で響きを感じている少年
 ←大太鼓のそばから離れずに、ずっとしゃがんで、全身で響きを感じている少年。
 
    大太鼓打ちが終わり、帰る父と子
  ●「大太鼓」のそばにくっつくようにしてしゃがんで――いろいろな人の打つ太鼓の響きを――全身でずっと感じとっていた息子と、いっしょに帰る父(? たぶん親子さんでしょう…)。


奥多摩の獅子踊り」や「大山阿夫利神社の神輿かつぎ」や、この「井草八幡の大太鼓打ち」など、古来からの祭りという非日常時空間は――ふつうの日常生活とはちがう――父たちの「かっこよさ」を見て、若者や子ども達が憧れ、「伝統の技(わざ)」を伝承(でんしょう)され、継承(けいしょう)する時間・空間のように思います。
 
 「(わざ)という身体技法をともなう精神のリレ−の形」のひとつでしょう。


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